沈黙の建築、語る建築、歌う建築… 
建築の魅力や楽しさが見えてくる。

建築の魅力

建築には、単なる材料の堆積でしかない沈黙の建築、用途を満たしてその性格をはっきり表現した語る建築、そして芸術的感銘があふれた歌う建築がある、といったのはフランスの詩人ポール・ヴァレリーです。
そして「きみはこの街を散歩するとき、街に群がる建物の中で、あるものは黙し、あるものは、これが一番まれであるが、歌うということに気づきはしなかったか」と、建築への思いをつづっています。
詩人の鋭敏な感性によってとらえられた印象とはいえ、それは建築の魅力や楽しさを教えてくれます。きみもこのような関心を持って街中を歩いてみて下さい。きっと今まで気にもとめなかった建物の一つ一つに対し、いろいろな思いや考えが浮かんでくるでしょう。
これこそが建築を学ぶことの始まりであり、目標でもあるのです。

北海道の4年制大学としては最初の「建築学科」その歩み。

最初の「建築学科」

本学科は、1968年(昭和43年)に開設されました。北海道の4年制大学(国立大・私大)としては最初の「建築学科」です。
それまでの道内4年制大学において「建築工学科」は設置されていましたが「建築学科」は存在していませんでした。

建築工学科は、工学の研究・教育を中心とする学科です。
本建築学科は、本来の建築が意味する通り、工学に限定せず芸術学などを含めた総合的な建築学を展開することを目的として開設されました。
そのことを実証するように、最初期の教授には、建築家・田上義也が関わっています。田上義也は、近代建築の巨匠であるフランク・ロイド・ライトの弟子でした。若くして札幌で独立し道内に多くの建築作品を残しました。

また、本学科の歴史としては、1949年(昭和24年)に開学した北海学園大学の母体である北海学院にさかのぼることができます。
新設された土建工学科においては、寒地生活に必要な建築の知識を備えた優秀な技術者の養成が目標とされていました。
当時の建築学の科目担当教授には、佐藤武夫の名前が列なっています。佐藤武夫は、日本建築学会作品賞を受賞した北海道開拓記念館を始め、秀逸な建築作品を全国に残しています。
このように、本学科は芸術学や工学を含む建築学の研究・教育を最大の目的とし、北海道の戦後の歴史と共に歩んできました。

北海道ならではの科目と幅広い選択履修で4400名超の専門家を輩出した。

北海道ならではの科目と幅広い選択履修

建築といっても、さまざまな分野によって成り立っています。大別すれば、空間造形の領域と工学技術の領域です。その両方の素養を深めていくことが目標となります。
しかし必ずしも、どちらにも優れなくてはならないというものでもありません。社会では、アーキテクト、プランナー、デザイナー、エンジニアなど、いずれかの専門家として活動することができるからです。大切なことは相互の関係を理解していることです。むしろ、生活の器を作る専門家としては、人文・社会科学的関心を失ってはならないというべきです。

さて、北海道の生活は北方圏特有の厳しい気象条件の下にあります。生活の豊かさを拡大するためには、とりわけ寒地建築の技術や空間の手法の確立と技術者の育成が望まれています。
本学建築学科は、建築一般の教育研究と共に、この要請に応えるために、卒業生は昭和47年に一期生を送り出して以来4400名を超えており、全国各地で活躍しています。
就職先も、道内外の大手建設会社やハウスメーカー、意匠や構造などの設計事務所関係、官公庁関係のほか、開発企画・不動産関係、教育・研究機関など広範囲にわたっています。特に、北海道庁や札幌市をはじめ道内各市町村の官公庁には、多くの卒業生が奉職しています。
建築の仕事は、その成果が他の人々の目に見える形で残るものであり、それだけに影響が大きいのです。